黒とデニムのズボンしかないのがつまんなくなってきたので、太めのオリーブ色のズボンを買いました。ちょっとでっかかったです。


Twitter サードパーティークライアント終了

先週なんのアナウンスもなくサードパーティーのクライアントが弾かれるようになったのが、20日、正式に禁止という規約に。

自分の環境で言うと、その日のうちに Android で使っていた Flamingo が使えなくなり、その後もサブで入れていた Twidere X も日曜の昼には使用できなくなった。また Twitterific や Tweetbot みたいな Apple デバイスの有名どころも例にもれず終了。それに伴い「長らくご愛顧いただき本当にありがとうございました」的なエントリーを出していていて、マスクの買収が完了したというタイミング以上の一時代の終焉を感じた。

企業の理屈からすればそりゃまあわからない話でもないんだけど、これまで公式の手が行き届いていないような機能とか体験とかがサードパーティーのいろんなクライアントによってもたらされてきた歴史を思えば世知辛い話だし、かつては開かれていたものがどんどん閉じられてきて単に使いにくいものを押しつけられるような窮屈さがここまで来てしまったっていうしんどさと、この先 Twitter が劇的に使いやすくなるとか精神衛生的にもマシになるようなこともまあ無いのだなっていう諦めがある。

この件について Twitter の自分のタイムラインやリストを眺めてみると、リベラルな人もそうでない人も、特にやいのやいの噴き上がってる様子はほとんどなく、みんなあのクソみたいな体験を甘んじて受け入れているのか、麻痺しているのか、そもそもクソとも思ってないのか知らないが「あ、そうなんすか…」という感じでなんだか悲しいというか寂しいというか、感覚とか美意識のギャップに戸惑う。自分もきれいさっぱりアカウント削除するようなことまではしていないしタイムラインを見てもいるので、そんなに人の事をどうこう言えないのかも知れないけど。

そういう自分の関わり方も含めて、コミュニケーションとりたいユーザーがいる場所だとかなんとかで離れられないのって、なんか家族とかのしがらみで地元にしがみつかざるを得ない田舎のひとみたいだよなと思ったりもした。

まあここまできたらどんどん加速的に腐っていって、とっととダサいやつしかうろついてないようなインターネットの廃墟になって欲しい。


書きあぐねている人のための小説入門

去年アフター6ジャンクションでトリプルファイヤーの吉田靖直さんが推薦図書として挙げていたのと、筆者の保坂和志の本が某さんの仕事場に行くとやたらと沢山あったのが気になっていたので、まずはここからという気持ちで。

小説入門とうたってはいるのだけど、文法上のテクニックとか小説の具体的な書き方についてのハウツー本ではなく、小説をはじめ他のあらゆる表現に触れる際の心構えのようなものについてひたすら実践的なことが書かれており、ものの見方についての新しい角度が言語化されていてちょっと脳が開くみたいな感覚を覚える。本当にとてもためになった。

またストーリーについて書かれた章では、クオリティの高い映像作品などを配信などでよりどりみどり沢山観る事のできる今の環境下でそれらを次から次に消費することについて、自分が時おり感じる虚しさや疑問についての答えのようなものがあったような気がする。

自分もそうだけど、別に具体的に小説を書くことを志していない人も触れるべき内容なんじゃないかと思う。

私たちは、“私” “人間” “世界” というものを誰も見たことがない。
私はたしかに今ここにいるけれど、それは"私"ではない。いろいろな経験をして、 いろいろな記憶を持ち、いろいろな趣味があり、いろいろな予定や希望を持っている"私"は、今ここにいる私という姿だけではわからない。つまり、私自身を含めて、誰も見たことがない。
“人間"だって"世界"だってそうだ。 人は誰も “私” “人間” “世界” を外側から見たことがない。“愛"や"自由"も当然そうだ。どれも誰も見たことがない。
世間では物事をモデル化(簡略化)して語ることができる人を「頭がいい」というけれど、そんなものはたいした頭のよさではない。 また、会社などではフローチャートに した企画書を書ける人を「頭がいい」としているけれど、それも当然たいしたことではない。大事なのは、誰も見たことがないということを知ることだ。(p64)


ストーリーが世界を滅ぼす

「ストーリー」に対する疑問というテーマで、上の『書きあぐねている~』と同じタイミングで読んだら面白いんじゃないかという事で読み始めた。

こちらは表現論ではなく、社会科学としてのストーリーについての批評で、自分たちの社会にストリーというものがどう影響を及ぼしてきたのかについて書かれていて、すごく納得しながらすごくげんなりしてくる話。

集団の結束を強める効果をもたらすストーリーには、たいていの場合、集団の外側の対象が脅威や憎悪のような敵意によって設定される。というのは古代から現代までそう変わっていないものなのだけど、人間ひとりの生涯に関わる集団の規模が言語や民族や文化的アイデンティティを同じくする村とか集落のような小さなものだった時代であればまだしも、SNSとかの発達で関わる人の数が膨大になった現代においても同じように駆動し続けてるのって、もうだいぶデメリットの方がデカくなってませんか、とか。

あるいは、何か自分たちの理解を超えるような無秩序な出来事があった時、まず安心するためか反射的に既存のストーリーに当てはめて、事実やエビデンスを無視するような行いを止めることが出来ないでいる我々って、そろそろだいぶヤバいんでないですか、とか。

先週みた videonews の宇沢弘文にまつわる話の中で、戦争を経験した戦後の知識人が理系の学問、特に数学を志したって話にもつながるものがあった。

ナラティブは世界を理解するためにある。それを、世界を単純化することによって行う。すべてのナラティブは還元主義である。そして私たちはひとたび自分の存在に一貫性と秩序を与えてくれるナラテ イブを手にすると、無我夢中でそれを守る。自分の特別なナラティブを失うのは、いきなり重力がなくなって意味が宙に舞いどこかへ行ってしまうようなものだ。それは恐ろしい感覚だから、ほとんどの人は絶対にそうならないように気をつけながら人生を送っている。つまりナラティブを検証することにではなく、ナラティブを守ることに心のリソースを注ぎ込んでいる。(p212)


グレート・ウォーリアーズ 欲望の剣

学生の頃に知ってDVDとかを借りようとしてもなかなか見当たらず、ほったらかしていた映画がU-NEXTにあるじゃんかということでようやくみたバーホーベン映画。

モラルなんてものが形成される前の時代の、善悪の境目も曖昧で、全く取り繕っていない「This is 中世」みたいな描写がてんこ盛りでめちゃめちゃ楽しかった。

ヒロインであるところのジェニファー・ジェイソン・リー演じるアグネスを、ルトガー・ハウアー演じる主人公のマーチンが犯す場面があるのだけど、そもそも主人公がほぼほぼレイプみたいなことヒロインに対してするのも大概なのに、周りのみんながアグネスを神輿みたいに担いだりしており、ひどくて素朴に唖然としてしまう。

一昔前の言葉で言えばエログロナンセンスみたいなやつなのに、展開も早くて終わり方にいたるまでなんだかあまりに清々しいので元気が出る。

バーホーベン繋がりだって事で、その後『ロボコップ』『氷の微笑』なんかも改めてみたのだけど、これの後では正直物足りなくなってしまって、早く『ベネデッタ』がみたくなった。


ヒッチャー

タイトルは昔よくきいた気がするけどみたこと無かったのが、ムービープラスの「副音声でムービートーク」ってプログラムで放送していたので。これもルトガー・ハウアーとジェニファー・ジェイソン・リーが出ている。

たまたま拾ったヒッチハイカーがやべー奴でしかもめちゃくちゃしつこくて頭がおかしなるわ…っていう『激突』と何かみたいな話。だけど全然違ったオリジナリティのある構成の映画でただただ面白く、途中まで副音声付きでみていたのを途中からオリジナルの音声だけに切り替えてしまった。


Unhook

ふとみた何かのYouTubeのビデオにぶら下がっていた

「○○(コメント欄で俺もしくは私だけが気づいて言及した具体的な褒めポイント)好き」

みたいなカマトトぶったコメントが突発的にむかついてきたので、コメント欄を消し去るCSSか拡張機能でもないかなと思ったら、もっとエクストリームなやつがあったので入れてみた。

右サイドに並ぶ関連ビデオとか、ホームフィードも消せるんだけど、リコメンデーションによる偶然の出会いとか全くなくなるのもな…と日和って、ホームフィードは残している。


そのほか

  • 高橋幸宏の逝去。合掌。
  • 『Sable』クリア。
  • 半熟卵っち - GALisMIND REMIX ft. Ramengvrl, YAYOI DAIMON
  • SUMIN - Best Friend (feat.우원재)
  • 金属バットのYouTubeをサブスクライブ。喫煙所探訪がいい。
  • 『今夜すきやきだよ』ギアが入ってきた。
  • UFC289、テイシェイラ引退。ありがとうございました。
  • グレートムタファイナル。スティングがかっこよかった。
  • 立ち飲みよもだ偵察も入れず。
  • 町屋良平『ほんのこども』読みはじめ。